アイノ カタチ

2008年04月09日 10:58

昨日の友人からの告白で
ショックが大きく動揺しているcocoroです。

本当にショックだったのは
昨日話した中身(詳細)かもしれないけど。

あまりにも大胆に告白され
そして 現在、恋する”女性”の彼女を目の当たりにし、
正直、どう答えていいか分からず混乱した私です。


昨晩
愛について 少し考えてみた。
夫婦について 少し考えてみた。
家族について 少し考えてみた。

そして・・・

”女性”である 自分自身についても
いろいろ考えてみた。

けれど”今”しか考えられなくて 行き止まり・・・。
家族の”今”
息子の”今〜”
自分自身の”今”

私たち夫婦はきっと仲が良い。
そして 色々あるけれど、”会話のある”家族だと思う。

でも それだけじゃ駄目なの?
一生添い遂げることは出来ないの?
ずっと好きではいられないの?


彼女から言われたセリフが脳裏から離れない・・・。
私たち夫婦もいつか崩れていくのだろうか・・・。

私の中の”何か”をつつかれたようで
正直 不安です・・・・・。

家庭環境

2007年11月17日 15:51

難しいです・・・
子育てというのは・・・

正直、ホントに 撃沈寸前位に混乱ました。

今は そこそこ落ち着いてます。
夫婦共々です。


夫婦 色んな協議をしました。

ただ、やはり 互いを失う事は出来ません。
中途半端な気持ちで一緒になったんじゃないし、
もし失う事になれば、それこそ 本当の崩壊に繫がる。

一昨日、
とうとう 主人は息子に大爆発しました。
でも さすが主人です。決して手は上げません。
大説教の末、なんとか修まりました。

当然、彼女も息子も
「迷惑掛けてすいませんでした」
謝りに顔を出しました。


結局、彼女の家庭の事情が原因で、行くあてもなく、
息子が保護?した形だったみたいです。

話を聞く限りでは、
彼女の親は、なんとも無責任な親で
彼女を”邪魔者扱い=いらない子”的な感じで
扶養放棄しようとしているらしいです。
聞いてて、同じ親として鳥肌が立つほどの怒りが込み上げた。
私が扶養してやりたいくらいだったけれど
そんな事は出来ませんし、
ひょっとしたら”お涙頂戴”劇かもしれないし、、、。

とりあえず、そのことは置いといて
やはり”ルール”は教えないといけない。
その事もきちんと主人が言ってくれていました。


どんな理由があろうとも
ルール無視だと 乱れます。

ましてや 未成年。

今年、どれだけの変動が起こり
どれだけの試練を与えられたでしょうか。

家族にとっては まさに”激動 2007年”でした。
まだ あと1ヶ月半も残っているけど。

正直
穏やかな日々が恋しいです。

でも
何があっても乗り越えなくちゃ全てが無意味に終わってしまう。
それだけは 絶対にイヤです。

頑張りますよ
頑張りますからね
私は ただじゃ 倒れません。

きっと 倒れるときは
死ぬときだな・・・(笑)

辛抱

2007年11月15日 12:01

仕事から帰宅したら

あいかわらず 彼女が家に居た

バイト中は彼女が留守番していたようだ


やってくれる・・・




この家はなんだ?

ホテル?

民宿?

しかも 無料の



帰宅後、溜息交じりで 少し休憩

主人は会議の為 今日のおとchanの散歩は私。

散歩から帰ると 逃げるように2人 出て行く。



情けなさが込み上げる・・・



たまらず親友の声を聞くが

話しながらも電話している自分が情けなくなった



主人 帰宅

今回の件と今後を話した。

色々・・・いっぱい

家の売却の検討 や 別居(離婚含む)も踏まえ深く話した。



答えが出ない・・・・・



とりあえず

「2人が帰ってくるまで起きて待っていよう」
「この度の事情を聞こう」

との意見でまとまった



AM12:30

息子が鍵を開ける音

主人が玄関で仁王立ちをし、迎えた

「何を考えているんだ」
「事情を説明しろ」


「いやだ」


「じゃあ出て行きなさい」


「分かったわ!」



出て行った・・・・・

溜息だけだ・・・


夫婦 ほとんど寝つけず 気がつけば AM5:30 になっていた


再び 息子が鍵を開ける音

そして また 主人が玄関で仁王立ちをし、迎えた


「寒い・・・」


「いったい何が起こったというんだ」
「きちんと説明しないと分からないだろう」


人の気配を感じ、おとchanが泣き出したので 私はリビングへ


ひととおりの事情を息子から聞き終え、主人もリビングへ


息子は、彼女を部屋へ入れ 就寝


事情を主人から伝えられたが 訳が分からない・・・



主人 散歩から戻ると息子の部屋から2人の寝息が聞こえた



疲れる・・・



「とりあえず、おとchanの事を考えよう」
「術前、術後のケアをしていこう」

私たち2人 同意見で話を終わらせ 出勤準備を始めた



出勤前に置手紙を書いた

『明日は おと の手術があります
 絶食となるので おやつは絶対に与えないで下さい』

これだけは伝えておかないと



この先 どうなるのかなんて分からない

全く



ただ、おとchanにやはり救われた

彼女との出会いは必然だったのだ

この命 大切にしなければ



そして 立っておかなければ・・・・・

自身が潰れないように・・・・・

本音

2007年10月30日 11:32

今日の記事は、結構長い文になります。
勿論、KAZUKIの記事です。


昨日 退学手続きを無事済ませました。

手続きを済ませれば もう接点もない。
だから最後、いろんな話を聞かせてもらいました。

担任の先生と2人だけでの密な約1時間30分の懇談。
先生の本音のオンパレード。


まず、電話での感情的になった無礼を陳謝した。
先生も「いえ、こちらが悪いんです」と逆に恐縮された。

ここから 先生の本音トークが始まった。
「今回の暴力事件での処分は、私も納得しがたい結果となりました」
「私がその場にいれば止められたのですが、、、」

「良い意味でも悪い意味でも 彼は”純粋”です」
「”したたかさ”が無さ過ぎてこういう結果になったのだけれど」

「友人関係はとても良いものを持っていました」
「アイツが学校に来なくなってクラスメイトや
 サッカー部員達から 毎日のように
『KAZUKIはいつから復帰するん?』と聞かれましたよ」

と。

更に、こんな話も聞かせてくれた。
「実はアイツから父親(主人)の事を聞かされていました」

「寮に入っていた頃はクラブへの不信感と家族からの疎外感が
 強かったんじゃないでしょうか」

「正直、本校のサッカー部の指導は私も賛成出来ないでいます。
 彼が指導者について行けなかった気持ちも十分理解できますし、
 彼の性格ならばきっとあの体質には染まれないでしょう」

「アイツは完璧な”お母さん子”ですから
 父親に対しての嫉妬感と不安・不信感が溜まっていったようにも
 見えました」

「『父親が保護者役員で前に出られても困る』
 『一生懸命 父親をやっている姿がムカつく時がある』と、」


これはさすがにショックだった。

けれど、最後の最後に 彼の本音がようやく分かったような気がした。

先生は続いてこうも話してくれた。
でも先日、進路変更(編入)の件で、本人が学校へ来たとき
 とても良い顔(表情)になっていてびっくりしました」

「『家で両親とはどうだ?』と聞くと 笑顔で
 『ぼちぼち上手くいってます(笑)』と答えてくれました。
 『怒鳴ったりしてないか?父親と仲良くできるようになったか?』
 と聞くと、『もう怒鳴るのもしてないです!うん大丈夫!』
 と、今まで学校でめったと見せてくれなかった表情だったので
 『ああ、、、やっと家の中に”自分の居場所”が見つかったんだな』
 と安堵しました。アルバイトも彼のプラスになっているようですね」

「きっとアイツなら
 バイト仲間や先輩から可愛がってもらえると思います」
「サッカーもしてるようだし、これで心が大人になってくれれば
 きっとイイ男になりますよ!僕はそう思います!」

「退学しても、彼が進みたい道に良いアドバイスが出来るのなら
 どんどん協力しますので、『いつでも電話を掛けて来い』
 と伝えてください。」


息子の人間性をきちんと買ってくれていた担任に感謝。
陸上競技の指導をしている体育会系の若い先生だけれど
だから なおさら 息子たちの視点で考えてくれていたに違いない。

とてもとても意味深い話をさせてもらい
本当に最後の学校からの帰り道中・・・泣けた・・・。

無理やり入寮した日から
少しずつ 少しずつ 彼の心を傷つけていた・・・。

家を出すのが早すぎた・・・。
私の”巣”から出すのが早すぎた・・・。

「良かれ」と思ってやったことも
彼の傷を癒す事も出来ず、無意識のうちに肥大させていたに違いない。


KAZUKI 本当にごめん
馬鹿な母さんだったね・・・

ゆっくりでいいから
ゆっくりでいいから

大人になっていってください・・・。

でも

大人になっても

大好きな 大好きな 宝物 だからね・・・

兄 妹

2007年10月25日 23:34

最近の
息子 と ”おとchan”を見ていると
年の離れた【きょうだい】に思えることがある。

私たちには
”やりたい放題”してくれる
おてんばな 彼女 だが
DSCF0776.jpg


息子の前では
まさしく”乙女”( ̄▽ ̄;A

昨日
おとchanがめずらしく
PM11:00を過ぎても
『クィ〜ン クィ〜ン』
と落ち着かない様子で訴えていた。

丁度、彼女用に新しく毛布を購入し、
”寝床”に敷いた日だったから
「きっと”新しいもの”が寝床に入ったので落ち着かないのだろう」
と いつものように私達は就寝したのだが・・・

AM1:00頃
「泣き止まない」
と、息子に起こされ、彼女の様子を見に寝床へ。

その”寝床”の隣には、息子の布団一式が。

泣き止まない彼女を気遣い、
息子が宥めながら傍で寝ていたみたいだ。

病み上がりの息子に部屋で寝るよう促し、
泣く彼女を いつものとおり そっとしておいた。

翌朝
寝床隣のトイレスペースに
大量の糞と尿を見つけ
「ああ、、、コレだったのか」
と、昨夜の”夜泣き”の原因が分かるのだが、、、。
(生後4ヶ月から室内で排尿・便をしなくなった娘なもので
 散歩の排尿・便を済ませたのもあってか、まさかこの時間に と)

それよりも
昨夜の息子の行動に
”ぐっ”ときてしまった母でして・・・。

普段そっけない息子。
けれど、娘は息子が大好きで・・・。

きっと私たちの居ない(目の届かない)ところで
「かわいぃねぇ〜〜〜」
などと、溺愛しているのだろうと推測(笑)

こういうときに
息子の優しさを感じてしまう
やはり”馬鹿親”な私なのであります(^.^; オホホホ...



ようやく

2007年10月25日 22:25

ようやく
息子の退学手続きが出来そうだ。

「通信制に編入」
本人が言い出した事だけれど
実は、私は内心乗り気ではなかった。

”学校”に行く目的がなくなり
そして
こんな形で学校を去らねばならぬ思いは
やはり
『編入』という安易な形で治まるとは思えず

担任と本人だけで話し合えるよう
黙って今日まで静観していました。

彼が担任に話していたこと
「友達が行っているところに”俺も”という形で本当に良いのか」
「正直、本当に何をしたいか今は分からない」

こんな感じでズルズルとここまで引っぱってきましたが
時期的にも、直ぐに”編入”は出来ないみたいだし。

とりあえず
”退学”という形だけとることにしました。

社会に出えれば自ずと気づくことがある。
いずれ”守りたい”何かに巡り合うことも。

社会の秩序を乱す事は今は無い。

逆に
落ち着いてきたほうだ。
囚われていた”何か”に開放されたような雰囲気を漂わせながらも
けれど どこか寂しそう・・・。

けれど 今
私たち”親”に出来ることは
”慈愛”だけ・・・。

とりあえず
来週、正式に”手続き”に行ってきます。

呼び方

2007年10月18日 10:15

『お母さん』
から いつの間にか
『かあさん』
と呼ぶようになった。

『お兄ちゃん』
から いつの間にか
『兄ちゃん』
に変わり、たまに
『親父!』
と呼ぶようになった。

呼び方って 知らぬ間に変わるもんだ。

私たちだって
息子が居ない時は、夫婦お互いを
”ちゃん””くん”
付けで呼び合い、

息子が居る時は
『兄ちゃん』『母さん』で呼び合う。


ここ最近は
『パパ』←主人
『ママ』←私
『兄ちゃん』←息子
と互いを呼び合っている。

完全に おとchanは、娘となってしまい、
息子にとっては、妹が出来たような感覚だ。

面白いなぁ 呼び方って。

編入

2007年10月13日 22:39

彼 編入します。

どうも やはり
”高卒”にはこだわっているようです。

来週、学校へ出向き
編入手続き前の面談を担任と行うようで
後の手続きは その後で・・・
と、いう感じです。

本当に卒業できるかどうかは
本人の”やる気”にかかっているんですが
前向きなのがなによりです。
(親は一切口出ししてません)

この先のことは この先のことで・・・
今はただ見守るだけ・・・。

毎日の生活を
ただ懸命に過ごすのみの私です。

ふざけるな!

2007年10月12日 10:08

「もう一度学校へ来て頂いて、謹慎を受ける意思があるかどうかを確認したい」
昨夜、担任が電話をしてきて いきなり切り出してきた。
※謹慎内容は【無期】 約1ヶ月間朝1時間登校し、
 課題(浄土真宗の宗教哲学の転写)を持ち帰り、完全拘束。
 それ以外の外出は、一切許されない。


問題を起した翌日とかに言われたならば
それなりに受け止めることは出来るが、
そうではない。
あれから もう10日以上経つ。

正直、かなり苛立ち、担任に言わせてもらった。

「そもそも、そちらが自主退学を勧められたんじゃないですか?」
「息子も私達も止まってはいられません。次を考えなくてはならないのです」
「先生に諸手続きの件でお電話差し上げたとき
 『事務手続きに時間が掛かるから・・・』と冷たくあしらわれましたよね?」

ここまで言った時に担任が返してきた言葉がコレ。
「いえ、本校としてもなんとか卒業をさせてやりたいと思いまして・・・」

むかっ腹が立ったので、少々きつく
「自主退学を促し、今まで息子に電話のひとつも掛けないで
 あれから 何日経ったと思ってるんですか?10日以上経ちましたよ!」
「はっきり”退学手続きに入ります”と双方確認したじゃないですか!」
「本人もアルバイトを午前中から入れてもらえるよう申告したり、
 通信制の高校に編入する意思が固まりつつあるんですよ!」

ここまで言い、先生から帰ってきた言葉
「申し訳ありません・・・。会議で急遽話が変わりまして・・・」

ここでピンときた。
シドロモドロになる担任の後には、”学校の思惑”が見え隠れする。
きっと、処分に”意義・申し立て”や学校のこれからのイメージの関係もあるのだろう。
要するに、担任は”言わされている”のだ。

「とにかく、退学の意思は変わりません。本人は編入を希望していますので
 編入に必要な書類の準備も早急にお願いします!」
と言い、『分かりました』の言葉を聞いて電話を切った。


私は間違っていない。そう考える。

学校からは、本当に何も連絡なく、
逆にこちらから電話したのは3回程。
掛けたら掛けたで
「こちらも忙しいので・・・書類が揃えばこちらから連絡する」
と、手続きがSTOPしたままだった。

まったく
学校は何を考えてるのか・・・。

入学時からずっとずっと下手に出て、振り回されたのだ。
息子にも 学校にも。
最後くらい、言いたい事言わせてもらわなくちゃね。

あんなこと こんなこと

2007年10月06日 10:03

中学生のときのKAZUKIは、
ホントに手要らずで
起床も就寝も全て自力だった。

それなりの反抗もされたけれど
勉強もなかなか伸び悩みだったけれど
それでも、クラブに純粋に打ち込んで
伝説を作るほどの”サッカー馬鹿”だった。
親は彼の熱血についていくくらい。

こんな感じで毎日を過ごしていたけれど
いざ、進路が決まり、卒業が近づくにつれて
遊ぶ友人が変わり、夜遊びを覚えるようになった。
年明けくらいからだったかな・・・

入学間際、
「サッカーなんかしたくない!」
「寮なんかに入りたくない」
と、てんやわんやの大騒ぎになった。
どれだけの人間が説得したか分からない。

ほぼ強制的に入寮し、入学し、、、。

入寮してからも
「死にたい」とか
「恨んでやる」とか
悪態もつかれた。

けれど、頑張ってる様子も伺えた。
「いつか彼の中で軌道にのってくれれば」
と、どれだけ願ったことか・・・。

突然呼び出されたのも数知れず。
逆に乗り込んだときもあったな。


脱走・喧嘩・煙草(謹慎)・購買パンぱくり(無期謹慎) があり、
国体選手に選ばれたのも白紙に戻り、
「卒業までは頑張りたい」
との彼の前向きな心も空しく退部処分となったのが
2007年4月27日

【親子怒濤の数日間】
の後、なんとか謹慎を受け、復学したけれど
目的を失った彼にとって
いつからか、学校というところは
”行く意味が分からないところ”になっていった。

そこに追い討ちをかけるかのように
ある教員から『学校の恥』『まだ来てるのか』と言われたくらいから
カスタネット登校になっていった(行って・休んで・行って・休んで)

唯一救いだったのが、
アルバイトでは、彼の存在を認めてくれる”オアシス”だったこと。
楽しく真面目に打ち込めるようだ。
5月末からだから もう4ヶ月経つ。
バイト先の先輩もサッカー部OBが多く、
社会人サッカーチームに入れてもらい、
時々試合をするようになった。


2007年10月1日
学校から電話が入る。
「KAZUKIくんが同級生に暴力を振るいまして・・・」

*****詳細*****
A君は、同級生数人に金銭をせびり、パシリに使いetc,,,
を日頃から繰り返していた。
目に余ったKAZUKIが注意したところ、
A君に「フッ」と鼻で笑い返され、
それにKAZUKIがブチギレし、
「金借りた奴らに謝れ!」と言いながら殴りまくり、
2針縫う怪我を負わせてしまった。
**************

学校側の見解は
「理由が理由ですので、謝罪は結構ですが、治療費はお願いします」
「ただ、、、」
「KAZUKI君には今までの事もありますので・・・」
「本校としては暴力は許しておりませんので、謹慎は確実かと」
「どうでしょう。自主退学でしたら編入も影響ありませんし、、、」

お宅のお子さん邪魔なので、辞めてもらえません?
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学校側の深層心理はこんな感じでしょうね。

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